リクルート社内講演「データから見る“休み”の効用」

東京大学大学院経済学研究科教授 山口慎太郎氏

写真:東京大学大学院経済学研究科教授 山口慎太郎氏

今回の講演では、東京大学大学院経済学研究科教授 山口慎太郎氏をゲストに迎え、世界や日本のさまざまなデータをもとに「休み」の効用についてお話しいただきました。労働時間と生産性の関係や育休取得が個人と社会に与える影響など、多角的な観点から「休み」をどのように捉え、活かしていくべきかを伺いました。


週50時間以上の労働が生産性を低下させる

山口:今回は「休み」について、経済学的にどういうことが分かっているのか、世界や日本におけるさまざまなデータとともにご紹介します。
まずは1人あたりの年間労働時間について、現在のフルタイムの労働時間は週40時間×50週=約2000時間となっています。勤勉なイメージがある日本人も、平均年間労働時間で見ると突出して多いわけではありません。OECD平均が1716時間なのに対し、日本は1607時間。G7の中だけで見ても真ん中くらいです。

平均年間労働時間

ところが日本において特徴的なのは、週50時間以上働いている雇用者の割合が約22%と非常に多いことです。労働時間が短いヨーロッパでは10%もおらず、比較的よく働くとされる英語圏の国でも10%を少し超える程度です。

50時間以働いている人の割合

長時間働く方が学びも多いと思う方もいるかもしれませんが、実は長時間労働が生産性を下げるのではないかと指摘されています。ある研究では、労働時間が長い国は生産性が低く、労働時間が短い国は生産性が高い傾向にあるという結果が出ており、労働時間と生産性の関係を測定した国際的に有名な研究でも、労働時間が週50時間以上を超えると急激に生産性が低下するという結果が報告されています。

週50時間を超えると急速に生産性が低下

先ほど日本では2割の方が週50時間以上働いているとお伝えしましたが、こうしたデータから見ても、労働時間が週50時間を過ぎるような場合には「この労働は生産性を保てているのか」「本当に必要なのか」とあらためて考えていただきたいところです。

有意義な「休み」の使い方とは

山口:では、労働時間を短くして浮いた時間は何に充てたらいいのでしょうか。多くの人は二つの方向に進み、そのうちの一つが自己研鑽です。日本は海外と比べて、企業が人材育成にかける費用や社会人の自己投資が少ないことがさまざまな統計で指摘されています。

私自身の大学教員としての経験から、日本の大学生の質は世界最高水準に近いと言っても差し支えないと感じています。しかし、その後就職すると仕事が忙しすぎることもあり、なかなか学びが進んでいないのが実情ではないでしょうか。 それに対して海外のエリートは、20代の間もずっと自己研鑽を続けています。その結果、日本と海外のエリートは22歳の時点ではほぼ同レベルだったにもかかわらず、30歳の時には日本のエリートが見劣りするという場面も少なくありません。

さらに、企業の人材投資の国際比較データについても見ていきましょう。GDP比率で見ると、主要先進国では約1~2%が平均となっていますが、日本はその1/10~20の0.1%です。企業が人材投資にお金を使わない中で成長を望むのであれば自ら学ぶ姿勢が必要であり、時間に余裕ができた時に自己研鑽に励むのは非常に有効な時間の使い方だと言えます。

企業の人材投資の国際比率

男性育休が個人、そして社会に与える影響

山口:社会人の自己投資の他にもう一つ、今の日本に欠けているのがワークライフバランスの重視です。休みを取ってリフレッシュを図ったり、家族や友人と充実した時間を過ごしたりと、仕事だけではない人生を持つことが心の安定やゆとりを生み出します。また、介護や育児休業など、仕事から離れて他の活動に時間を使うことも有意義だと言えるしょう。
女性の育休は世界でも日本でも取得率が高い一方で、日本の男性育休率は15%程度と低いのが現状です。しかし、最近の経済学の研究では、男性育休が本人や家族だけではなく会社や社会全体にも良い影響を及ぼすことが分かっています。

カナダ・ケベック州では、男性育休を取りやすくしたことで取得率が21%→75%に上昇し、平均育休期間も2週間→5週間に伸びました。そして、育休を取った男性の家事育児時間を分析したところ、3年後は育児時間が90分→110分/日、家事時間は70分→85分/日と、2割ほど増えていることが分かりました。
つまり、子どもが生まれて最初の1ヵ月に育休を取ると、3年後も家事育児に積極的に関わるようになるという長期的な効果があることが判明したのです。日本ではよく「1ヵ月の育休に何の意味があるのか」という懐疑的な意見も耳にしますが、こうした研究を踏まえると、実は男性育休が人生を変える重要な1ヵ月になっていることが見えてきました。

では、なぜ男性育休が人生を変える1ヵ月になるのでしょうか。それについては、脳科学が謎を解明する助けになります。俗に「愛情ホルモン」と呼ばれるオキシトシンという脳内物質があり、女性は出産や授乳に伴って自然と分泌され、子どもへの愛情や幸福感を感じられるようになると言われています。
そして、男性の場合は子どもとのスキンシップによってオキシトシンが分泌されることが分かっています。つまり、育休を取って育児に関わるうちに、男性も自然と「子どもってかわいいな」「もっと関わりたい」と感じて自ら世話をするようになり、3年後も積極的に家事育児に時間を割くようになるということです。

さらに、男性が家事育児を積極的に行う国は、出生率が高い傾向にあることも分かっています。ヨーロッパでの調査では、夫婦ともに子どもを持ちたいと思っている場合、実際に3年以内に子どもが生まれることが多いということが明らかになりました。
反対に、夫婦のどちらかが子どもを持ちたくないと思っているケースを詳しく見てみると、特に妻が子どもを持ちたくないという場合、夫の家事育児の負担割合が少ないことが分かりました。従って、夫が家事育児に対して一定の責任を担うことで妻の負担が減ると、妻も子どもを持つことに対して前向きになり、出生率向上につながるのではないかと言われています。

男性の家事・育児負担と出生率(2010-2019)

男性が家事育児に関わるうえでは、育休のほかにテレワークによって時間を確保するのも有効だと分かってきました。そこで、在宅勤務が週1日増えることでどのような変化が起こるかを我々の研究チームで検証したところ、男性の場合は家事育児時間が6%増え、家族と過ごす時間も増えたという結果が出ています。
一方で、生産性についての悪影響はほとんど見られないことも確認されました。
このように、テレワークなどの柔軟な働き方を認めることが休みの増大につながり、その多くは家族と過ごす時間に使われるということが分析結果から見えてきました。

育休取得は生産性向上のチャンス

山口:育休取得について、特に中小企業からは「ビジネスに悪影響が出るのではないか」という批判や疑問の声をよく耳にするので、その点についても詳しく検証してみましょう。
デンマークで従業員30人未満の企業を対象に調査を行ったところ、育休取得によって企業の利益や倒産確率に影響はなかったという結果が出ました。
そもそも育休の場合、ある日突然休みに入るということはないので、職場としても計画的に対処することが可能です。また、育休中の給付金は雇用保険から支払われており、中小企業では派遣社員を雇うための助成金も出るので、会社への経済的なダメージは発生しにくい形で制度設計がされています。率直に言えば、「育休取得で仕事が回らない」というのは経営者や管理職のマネジメントに問題があると言わざるを得ません。

そして、男性育休は本人にとっても職場にとってもプラスになると言われており、これを生産性向上のチャンスと捉えるべきだという議論も起こっています。
なぜ育休が生産性向上につながるかというと、子育て中の方は帰らなければならない時間がはっきりと決まっており、時間に対する感覚が非常にシビアです。帰る時間までに絶対に仕事を終わらせなければならないため、結果的に時間あたりの生産性が高まり、会社側としても不要な残業支出を抑えることができます。

もう一つ大事な点は、部下を持つ管理職の方が育休を取ることで、若手の活躍や成長の機会につながるということです。管理職の立場になると、自分で仕事をするよりもいかに部下に仕事を任せるかが重要になるということはご承知の通りです。そして、それを実際に行う難しさも同時に感じているかもしれません。
ところが、育休取得によって管理職が半ば強制的に仕事から離れることで、自然と部下が上司の穴を埋めるべく積極的に行動するようになっていきます。エンパワーメントという言葉が使われますが、社員の裁量を増やすことで「これは自分の仕事だ」と感じ、仕事に対するエネルギーが大きく変わっていくのです。権限委譲を苦手としている管理職の方は特に、育休を良い機会と捉えて仕事から一度離れてみるのもいいのではないでしょうか。

さまざまなデータをご紹介してきましたが、機会があれば男性社員の皆さんにはぜひ育休を取っていただきたいと思います。また、子どもがいない方や女性の方も、育休に限らずいろんな形での「休み」を取り、自己研鑽や家族と過ごす時間に充てるなどして有意義に使っていただければ幸いです。


社内講演後、山口慎太郎氏と、リクルートの3人の事業長による社内トークイベントを行い、育児に仕事に副業に奮闘する実情を語り合いました。
社内トークイベントの内容は株式会社リクルートのホームページのBlogをご覧ください。
『リクルート事業長が語る「男性育休」のリアルとは?「仕事以外」の時間の使い方を学ぶ』


概要
リクルート従業員向け社内講演会・トークイベント 
「仕事」以上に「仕事以外」も作戦をたてよう!データから見る「休み」の効用
主催:株式会社リクルート DEI推進室
開催日:2022年9月15日
登壇者:東京大学大学院経済学研究科教授 山口慎太郎氏
    株式会社リクルート DEI推進部 担当者
山口慎太郎氏プロフィール:
カナダ・マクマスター大学助教授、准教授、東京大学准教授を経て2019年より現職。専門は労働市場、教育政策、少子化対策の実証分析 主な著書:『「家族の幸せ」の経済学 データ分析で分かった結婚・出産・子育ての真実』(光文社新書 2019年)(2020年新書大賞入賞、2019年「ベスト経済書」1位)

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